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カテゴリー「コジロウの病気」の記事

食べられるようになるまでの道-6

本日最終回なり。このシリーズを長々と読んでくださいましてありがとうございました。


ぱんぱかぱ~~~ん!
2月18日、ついに終わりの日が来ました。本日でLogopaedie(言語療法)のクリニック通いが終了です。

つまり、コジロウはもうほとんど問題なく飲食ができる、ってことです。
おめでとう、コジロウ!

昨年の9月24日にMagensonde(ミルクを胃に流すためのチューブ)が外れ、離乳食を食べ初めて5ヶ月半ほど。
やわらかいものなら固形物でも食べられますが、まだ硬いもの(生の人参やリンゴなど)は飲み込むことはできません。それでも白米も少しお湯を足してやわらかくすれば食べられますし、大人の食事から取り分けして食べられるようになりました。
離乳食の終了が近づいてきています。

普通の赤ちゃんでも生後6ヶ月から離乳食を始めて完了まで半年くらいはかかりますよね。そういう意味では食べ初めてからは順調に進んできたと思います。


なので、1歳3ヶ月頃くらいからの【訓練最終調整期】はほとんど訓練的なものはなく、よりスムーズに食べられるようになるよう、アドバイスをもらってきたような形でした。
そしてコジロウはより多くのカロリーを摂取して体重を増やさなければならないので、栄養士さんに特別な食事プランを作ってもらい、これにしたがって食べ物を用意しました。


一応、記録までにその過程を羅列します。
(食事プランの詳細は省きますが、これがまたけっこう面倒でした・・・。食事にプラスする栄養剤(?)やミルクは、かかりつけの小児科医から処方箋をもらって薬局で購入。三度のご飯に栄養剤やオイル、お砂糖などを添付したりしました。)


・10月初旬
食事量がすすまない。70グラムほど。水分もほとんど摂らず。

・10月中旬
糸切り歯にあたる歯が生えてきた。現在8本。左右上下ともに出揃えば12本。

・10月下旬
少しだけビスケット的なものも食べられるようになった。口の中で溶かして飲み込むが、落として遊んだりもするので食べ物という認識はないようだ。

・11月初旬
ちょっとだけお米粒を食べた!!頑張ればいけるものだ。機能的にはいけるのだから、後は慣れ。でもこれが難しい。とにかく好き嫌いがあってなかなか新しいものは食べない。バナナのつぶしたのでさえ何度もチャレンジしているが、食べるときと食べない時がある。
水分は相変わらずジュース類、水、お茶を受け付けず。

続いて、食パンなどやわらかいパンなら少し食べられるようになった。


・11月中旬
久しぶりのLogopaedieで経過報告と、新しい提案を受ける。

噛むことといろいろな味を覚えさせるため、
1:お蔵入りとなっているネットがついたスプーンを使うことを提案される。
これがうまくいけば次週から小片入りのものをネットで与える。

2:リンゴや人参のスティックなどを与える。

3:パンに興味がありそうなので、小片にしてそれにほんの少し果物のピューレをつけたり、パンをミルクにひたしたものを与える。


結果、惨敗。ネット付きスプーンはとにかく嫌なようで、結局一度も使うことは無かった。
2は、どちらも口に入れるがすぐに出すのでかじることはなし。
3のパンも、パンがピューレやミルクで濡れると嫌なようで、一切食べない。カロリーをたくさん摂取しなければならないのでバターやジャム(離乳食では考えられない!)、ぬるタイプのチーズやぬるタイプのレバーなども薦められたが、全てダメ。


・12月中旬
ようやくいろいろな種類のものが食べられるようになってきた。
皮をむいたバナナを初めて自分で持ってかじりついた。
少しかじることを覚えたので赤ちゃん用クッキーを食べるようになった。好き嫌いが激しいくせに、レープクーヘンとかシナモンの利いたクリスマス用ビスケットを食べる。なんじゃそりゃ。


・1月上旬
御節の煮物に入っていたジャガイモを食べた。やわらかく煮てあったとはいえ、ほぼ初めての固形野菜。
パンは固めのものでもしっかり歯を使って食いちぎって食べる。
ジャガイモ、人参、カボチャをピューレ状にしたものは今までは市販の瓶詰めしか食べてくれなかったが、ママ手作りでも食べてくれるように。


・1月中旬
日本のお菓子、特にお煎餅が大好き。最初硬くても噛んでいるうちに口の中で溶けるからか、食べやすいようだ。
食事量はさほど増えていない。そしていつも遊びながら食べる。両手にパンを握らせれば口を開けて食べるが、その要求が満たされないとご飯も食べない。やはりまだ食事の意味を理解していないのか?


・1月下旬
びっくりするくらいすごい食欲。そしてなんでも食べられるようになった。肉じゃがもそのまま固形で食べたし、少しやわらかくすればお米も食べる。バナナは初めて1本全部食べた。
今はまだ食材を小さく刻んで少しとろみをつけてご飯やパスタに混ぜているが、内容としては大人と同じものを食べる。


・2月中旬
風邪をこじらせて入院騒動となる。ほとんど飲食をせず、体重は700gほど一気に減少。点滴のお世話になってようやく復活。また食欲も戻り、夫てづくりの納豆ももりもり食べる。

硬いもの(生のリンゴ、生の人参など)がまだ飲み込めない(かじって小さく砕くことはできるが、飲み込めずに口から出してしまう)という問題も残っていますが、それは引き続き訓練を続けていくということになりました。


特にこれ以上の問題が発生しない限り、1年と1ヶ月通ったLogopaedieは終了です。



長かったです。
ここに最初に来た時は1滴もミルクが飲めず、食べ物は断固拒否状態だったコジロウ。これでまたひとつ、コジロウは元気になっていきます。病院通いがひとつ減ったということで私もほっとしました。お疲れ様でした、自分。


最後に先生と握手を交わし、記念に写真を撮らせていただきました。先生ありがとうございました。
コジロウはまだ何もわからないんだよね。別れの時も何事もなかったかのようにいつものように去ってきて。でも、いい先生に巡り逢えたんだよ。コジロウは先生をとても気に入っていたと思います。訓練中、家では絶対に口を開かなくてもここでは笑顔を見せて口を開いていたこともありました。多くの人に助けられてここまで来たね。いつかコジロウが大きくなったら、この話をしたいと思います。




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がぶ~~~っ こんな硬いパンも食べられるんだいっ。



健康的な身体作りのためには食事が基本だと私はいつも考えていました。ちゃんと噛んでおいしくいただくことは肉体的にも脳にとっても大切なこと。ですから、コジロウの嚥下障害に私はひどく焦りを感じたり心を痛めたりしました。
同じような障害の子供を持つ親御さんたちの心労はいかばかりかと思います。


コジロウが突然飲んだり食べたりするようになったことを、私は奇跡だと記しました。今でももちろんそう思える部分もありますが、今考えると、ここにたどり着くまでに要した時間はある意味必然だったのかもしれません。

一度失われた「生きるために口から飲食をする」という本能を取り戻すにはコジロウは小さすぎて、成長を待たなくてはいけなかったのかもしれません。
もしかしたら、食べ物が食べられるようになったのには歯が生えてきたのが関係しているのかもしれません。
自ら欲して初めて水を飲んだのは、あの夏の暑さがあったからかもしれません。
大人やコタロウが飲食する姿を真似したのだとしたら、“真似をする”ことができるまで脳が育つのを待つ必要があったのかもしれません。

全ての歯車がうまくまわったことで、ここにたどり着けたのだと思います。
そして親はたどり着くことができるよう導いていくのです(今だから偉そうに言いますが、当時はけっこうイラっとしてました(笑))。



さ~~~どんどん食べて遅れを取り戻すかのように逞しくなってくれ、という思いはもちろんありますが、これからもコジロウに関しては万事このような調子なのかもしれません。ゆっくりと、コジロウが必要なだけの時間をかけて、のんびりのんびり、それでも着実に成長していくのです。



おしまい。

最後まで読んでくださってありがとうございました。




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ちなみにこのフランスパン、コジロウの上半身くらいありま~す。デカイ!




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食べられるようになるまでの道-5

ずいぶん更新を怠っていました、コジロウがご飯を食べられるようになるまでの経過報告記事。
節分やらカーニバルやら、入院やらの、何かしらイベントが続いていたもので。

本日も長文となりますがお付き合いくださいませ。


8月。私たちは南ドイツへバカンスの旅に出かけました。その先で、ついに、コジロウが自ら口を開け、人生初の食べ物を食べたのです。


チョコレートアイスクリームを♪


暑かったから?今思い出すと笑えます。

特に旅行中は食べ物を与える訓練は真剣にやっていませんでした。水は比較的良く飲んでいたし(それでも1回に20ml程度)、ポッキーのようなスティック菓子は自ら掴んで口に入れてなめるようになっていたからです。
お茶やジュース、スープなどの味がついた水分は一切飲まず、スティック菓子を誤って噛み切ってしまい、小片が口の中に入ると嫌な顔をしてすぐに出していました。

アイスクリームを食べたのも偶然だろうと思っていた、その8日後、なんとなく与えたヨーグルトにイチゴソースをかけたものをほんの少し食べました。

あれ?もしや、離乳食いける?

その後すぐに子供用ヨーグルトや市販の果物のピューレなど、ヨーグルトタイプの滑らかさならば食べられるようになりました。といっても小さじ半分程の大きさのスプーンで6口ほど。それでも全く嫌がらず、自ら口を開けるのです。



奇跡だと思いました。虚しい思いを堪えつつ、毎日一口も食べない離乳食を用意していた日を思うと、奇跡です!あの努力がやっと実を結んだ気がして嬉しくてなりませんでした。

食べるようになってからすぐに、逆に水分は何も摂らなくなってしまいました。今は飲むより食べることが好きになったのかもしれません。もしくは、飲むよりも食べるほうが空腹が満たされると理解したのかもしれません。



医師が休暇中のため、9月中旬まで診察を受けられません。
勝手におこなっていいものかどうか迷いましたが、9/1より以下のように食事方法を変更しました。

・まず食事を与える。
休暇前に設定した1回のミルク量120mlを守り、食事で120mgに満たない分をミルクで注射器から与える。



コジロウの反応:

食事のために椅子に座らせると、「まんま!」と、大きな声を出す。おそらくお腹が空いているアピールだと思われる。

甘味が好き。
市販の離乳食用の人参ピューレを食べられるようになった(他のどの野菜よりも甘いから)。
バニラや蜂蜜が配合された甘みのあるBrei(稗や粟、麦などの穀類を粉末状にしたもので、ドイツではお湯に溶かして離乳食に使われている)をお湯ではなく、更に甘いミルクで溶いてあげれば食べる。

市販ではなく私が作った離乳食は一切食べない。おそらく、どんなに潰しても粒が残ってしまい、市販のピューレほどの滑らかさは出せないからだと思われる。もちろんおかゆもダメ。

予想通り体重減少。ミルクを減らし始めてから2週間で500g減で2ヶ月前の体重に戻ってしまった。コジロウはなかなか体重を増やすことができないので500gはとても大きい。その後一番重かった時よりも1㎏減って、5ヶ月経過した今もその時の体重を超すことができていない。


【第四訓練期】の訓練方法は実にシンプルです。

訓練方法:

とにかくいろいろな味を与えること。
長男・コタロウが目の前で食べるもの(ソース的なもの)を取り分けてあげること。

より効率よくカロリーを摂取できるよう栄養士さんと相談し、食事プランを立てること。
(朝、昼、夕方、晩それぞれに何をどのくらいの量与えるか、カロリー摂取補助を目的とした栄養剤を添加することなど)


コジロウの反応:

相変わらず市販のピューレしか食べず。でもMilchbreiをミルクで溶いたものに混ぜれば野菜やお肉も少量食べられるように。

離乳食を食べ始めてから10日ほど経って、急に食べる量が増えてきた。ミルクと合わせれば120mgを超えるようになってきた。


9月14日を最後に、注射器でミルクを与えるのを終了。

ぱんぱかぱ~~~ん♪♪



※ドイツ料理ではソースがふんだんに使われます。お肉でもお魚でも茹でた野菜にもソースをかけたり、スープを飲んだり。我が家は毎日日本食なので、コジロウが食べられるようなソースやスープが食卓に上がることはほとんどありませんでした。なのでコタロウのを取り分ける・・・はあまりできませんでした。



9月24日。ついにこの日が来ました。

Magensondeが外れました。おめでとう~~~~~!!!!
もう10日も注射器で入れていないのと食事の進み具合から、言語療法の医師が判断して、その場でひっこ抜きました。

この時の喜びの記事はこちら


私はというと、実は近いうちに外れるだろうと思っていたので、その瞬間はそんなに大喜びでもありませんでした。
ですが、医師が嬉しそうに私に微笑みながら、「家に帰ったらすぐに旦那さんに連絡して、日本の家族にコジロウの写真を送って、今夜はパーティーよ。シャンペンでお祝いしなきゃね。明日は写真館に行きなさい」などと言ってくれているのを聞いているうちにうれし涙がこみ上げてきました。


やった、やっとここまできた。本当に奇跡が起きたとしか言いようがない。
つい最近まで手術を考えていたほどの状況だったのに。もう本当に食べることなんてこの子には無理だと、激しいストレスに匙を投げかけたこともあった訓練生活。それでもこの子はきっと近いうちに食べられるようになるという医師の言葉に一縷の望みをかけてきた日々。


当の本人はといえば、チューブを固定するために貼ってあったテープの跡が痒かったのか、頬を手で掻いて一瞬「あれ?」という表情をしたけれど、すぐさま目の前のおもちゃに夢中になって何事も無かったかのようにしていました。
そう、その指にひっかかるチューブはもう無い。


医師は以前からコタロウの食事風景をコジロウに見せるようにと言っていました(コジロウが最も興味を示している対象がコタロウで、コタロウのすることを真似するかもしれないと思われたため)。

もしもこれが奇跡ならば、コタロウがその奇跡をよんでくれたのかしら。
だとしたらコタロウの存在こそがコジロウにとって最高の贈り物だったわけで。


ありがとう、コタロウ!よく頑張った、コジロウ!!
そして我々夫婦も、ここまでお疲れ様でした(ホント疲れた・・・)。



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食べられるようになるまでの道-4

水、飲んでる!


驚きの瞬間でした。


6月に入りちょうど生後10ヶ月を迎えた頃、また車で家族旅行に行きました。初夏とは思えぬ暑さで、チャイルドシートに乗ったコジロウはかわいそうなくらい大量の汗をかきました。

いくらミルクで水分は確保されているとはいえ、胃に直接流し込んでいるだけなのだから、さすがに喉は渇くのでは?
夫がガーゼに水を浸してコジロウの口に含ませたら、飲んでいるではありませんか!!

よほど暑くて喉が渇いていたのか、はたまた脱水症状をおこしていたのか。



訓練方法:

ガラスやプラスチックなど、透明のコップに水を入れて与える。
水を飲み込む際に掌の中心から指先に向けて親指でさすってあげる。こうすると、ゴクッと飲み込む手助けになる。
コジロウの背後に回って、手足がバタバタしないように手で押さえながら飲ませること(椅子に座らせると落ち着きがなく、常に手足を動かしていたため。身体が動いていると飲み込み辛い)。

まず先に自分が飲んでみせて、大げさに舌を動かしたり味わっているようにみせること。
コタロウが目の前で食べて見せたものを取り分けてコジロウにあげること。
これは、コジロウが成長して様々なことを理解もしてきているし、こちらの仕草を真似するようにもなってきたため。特に長男・コタロウの事は気になるらしく、常に目で追ったりしていたため。時間がかかるだろうが根気よく続けること。


ドライフルーツの小片を頬袋のところに入れる。おそらく触感や味を舌を使って確認するはず。
お皿に食べ物や飲み物を入れて、コジロウの手を直接つけて口に運んであげる。
これは、この時期のコジロウがスプーンや哺乳瓶の乳首を拒否していたため。少しでも食事に興味を持たせるためと、通常の子は手づかみ食べを始める時期でもあったため。もしも食べ物やスプーンを床に落としてしまったら、それは片付けてもう与えない。
「コジロウ、ダメだよ~」と軽く注意して、食べ物や食器はおもちゃではないことを認識させること。



コジロウの反応:

あまり進歩は見られず。舌の使い方が上手になった分、口に入れた食べ物はすぐにベロッと出す。食べる前から例の「ぶーっ!」攻撃。
コップでも時々しか飲まず。

ドライフルーツは見事に撃沈。頬袋に入れようと口の中へ挿し込んだだけでオエっとなり、ミルクを胃から吐き戻してしまった。以後、数回試したが同じような反応なので断念。



上記の反応を受けて、7月中旬より訓練を徐々にステップアップしていきました。


訓練方法:

飲み物はコジロウが手に持てるような平たな小皿に入れる。これから始めて少し深いお皿、最終的にはコップで飲めるようになるのを目標とする。
小皿で水を飲むことがわかったので、哺乳瓶で与えることは今はストップする。
毎回スプーンは用意して食卓に置くが、無理にそれで食べ物は与えない。

※コジロウは食事の意味を理解していないので(食べることで空腹がみたされること)、遊びの延長だと思っているふしがある。スプーンは食事に使うものだと認識させるため、毎回手に持たせるが、遊びの時間にはスプーンは与えない。

コジロウが手に持てる程度の棒状で少し硬いものを与えて噛むことをさせる(スティック状の人参、バナナ、パンの固いところ、棒状のスナック菓子など)。


コジロウの反応:

夏も本番になってきて喉が渇くからか、小皿からよく水を飲むようになってきた。
器の素材を何種類か試してみたところ(磁器、ガラス、プラスチックなど)、私の母手作りの陶器のお皿がいいようだ。手作りなので少々厚みがあるのが馴染んだのかもしれない。

しかしよく飲むのを3日続けたかと思えば、喉が渇いているだろう時にも飲まなかったり・・・と、本人の中で飲むタイミングがあるのだろうけれど、それがさっぱりわからない。

水や麦茶、赤ちゃん用のお茶は飲むようになった(といっても1回の食事に10~20ml程度)が、ジュース類は飲まない。
少しでも固形物になると絶対に口に入れない。アイスを溶かした状態であげてみてもダメ。なにか匂いとか、ちょっとした粘度を見分けているのだろうか。



8月上旬から中旬にかけて、勝負に出ることになった。
かわいそうでとても見ていられないというならば止めるが、一度始めたら決して後戻りしてはいけないと言われたその内容とは・・・


注射器で与えるミルク量の大幅減。


最初の2日間、毎回のミルク量を50ml減らす。3、4日目は80ml減。
お腹が空くという感覚を身に付けさせるため。もしもお腹が空いて泣くようであれば、夜中でもきちんと椅子に座らせて口から飲ませる。

この時は1回のミルク量が200mlだったので、2日間は150mlに。4分の1減るってすごいよね・・・。

これに対して泣くわけでもなく、飲む量もたいして変わらず、変化なし。


3~5日目は120mlに。そして5日目からは1日4回だったミルクの時間(朝・昼・晩・深夜)の深夜を無くし、1日3回に。
1日のトータル量が360mlで今までの半分以下になった。

さすがに減らしすぎなのではないかと心配だし、泣かないけれど本当はお腹をすかしているのだろうと思うとかわいそうでならなかった。でも医師の経験を信じて乗り越えるしかない。

コジロウは朝は今までよりも30分~1時間早く目覚めるようになってきた。起きたときのご機嫌はいい。夜は通しで寝ている。
さすがに朝お腹が空いているようで、水はゴクゴク飲んだ。27回も飲み込んだ。
しかし食べ物は食べない。味がわかっているようで、口に入れると明らかに嫌な顔をする。


大きな変化は見られないものの、体調や機嫌が悪くなっていないので、このまま継続することになりました。
8月中旬は医師も休暇のため、次回の受診は1ヵ月後。



そして、

その間、

ついに


あの奇跡の日がやってくるのです。



次回も乞うご期待。



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食べられるようになるまでの道-3

本日も長文なり。


とにかく「忍耐」。コジロウが食べない、飲まないことへのイライラを抑え、諦めの心を奮い立たせ、どんなに口を閉ざされても、「ブーッ!」と唾を吐かれようとも、ひたすら食事を作り続けた、そんな
【第二訓練期】。
今日は第二訓練期後半の様子をお届けします。

(実際は「いいかげんに食べてよ!」と大きな声を出したり、毎日食べもしない食事を用意するのが面倒だと愚痴っていたりしましたけどね・・・ニンゲンダモノ)



訓練方法(3ヶ月目以降):

先がネットになっており、中に食べ物を入れられるスプーンを試す。

こんなの

味わうことができるが、固形物が口の中に入ることはないので安心。赤ちゃんによっては好きな味のものだけをこれで味わっていたり、コーンフレークのサクサクした音や感触を楽しんでいた子もいるとのこと。

ケチャップや、マヨネーズ(離乳食では考えられないような食品ですが・・・)、ヨーグルト、ゼリー、プリンなど、とにかく何でも試すこと。少しでも興味を持って味わうものを探すこと。



コジロウの反応:

ネットスプーンはものすごく嫌がって持とうともしない。中に何を入れようとも同じ。絶対に口を開かない。ネットの感触が嫌なのかもしれない。その後食べられるようになるまで何度も試したが、結局一度も口に入れることはなかった。

果物はバナナ、蒲萄、イチゴ、オレンジどれも嫌。バナナを直接手に持たせてもダメ。どれも同じ反応でやはり味は関係ないように思えました。食べ物がある、と認識した時点で口を閉じてしまう。



5月の初旬、コジロウ初めての旅行をしました。これを機に、注射器で与えるミルクを 4時間半~5時間おきに180mlを目標に1日4回にしました。これまでは1日5回、1回に160ml与えていましたので、ミルク量がトータルで減ることになります。
お腹が空いているだろうに、それでも飲食をしようとしませんでした。医師の言うとおり、食べれば空腹が満たされるという図式がまったくできていないらしい。


5月下旬、かれこれ1ヶ月間口からは絶食状態。
最近では本当にもう期待できる状況ではなく、ただ惰性で訓練しているような、諦めの感覚に支配されつつある自分がいました。

しかしそれでも医師はコジロウの表情や口の形、少しでも食べ物を口に入れたときの動きを観察し、数ヵ月後には食べられるようになると信じている、と私に告げました。クリニックではとにかく明るく楽しい雰囲気を作っていました。決して無理強いしないこと。少しでも嫌がったらゆっくりと待ってあげること。
そんな空気を感じるのか、家では絶対に口を開けなかったコジロウがなぜか病院では口を開け・・・。
このときにビデオ撮影を行い、ボンにある病院に送ることになりました。嚥下障害の治療に携わるスペシャリストに見てもらい、アドバイスを求めるためです。

後日この結果を聞くと、同じようにコジロウには期待が持てる、との返事が返ってきました。素人の我々には見当もつきませんでしたが、医師たちには一筋の光が見えていたようです。


3、4本目の歯が生えてきた。歯茎がいずいのか、いろいろなものを必死で噛む。木か布状のものを特に好む。この時のために用意していたシリコンゴム製の歯固めは全く使おうとしませんでした。




訓練から話はそれますが、コジロウが入院していた病院で6月上旬に定期健診を行いました。
このとき私たちは、このままコジロウの飲食が難しいのなら、何らかの手術も視野に入れる予定で話を聞きに行きました。
私の本音としては手術は避けたい。喉やお腹に穴を開ける?冗談でしょう?もしも喉を切開したら声も失われる。そんなの嫌。
でもそれは親の感情であって、本人にとってはどうなんだろう。
Magensondeを通して注射器から与えたミルクを咳き込んでは嘔吐する日々。そのたびに苦しんで泣いて、大量の汗をかいて。
そんなコジロウを見ていたら、手術した方がコジロウにとっては楽なのかなと思えることもありました。
いったいどちらが本人の為になるのだろう。夫とは何度もこんな話をくりかえしていました。


ところが主治医の考えは、手術はしない方向で考えたいとの事でした。
どんなに簡単なものだとしてもやはり手術は手術なので、この小さな身体に良くないこと。コジロウが1歳になったら精密検査を行い、その結果がよければMagensondeを継続し、2歳、3歳になってからはずすことを目標にしたいと。
たとえ手術したとしても、今の一番の問題である嚥下障害には左右しないだろうし嘔吐も減らないだろう、両親の負担やストレスを軽減させることはできるが、可能ならば出来るだけ自然な方法を取りたいとのこと。


とにかく食べなくてもいいから口を動かす練習のために食べ物を与えること。この子の場合は上手に口を動かせるようになるための「0」からのスタートではなくて、飲食をするという本能が一度失われてしまった「マイナス」の状態からスタートしているので時間がかかるのは当然のこと。
もしも途中で訓練をやめてしまったら、3歳くらいになって食べられるような身体の状態になっても、口をどう動かしてよいかわからなかったり、「食べる=口を動かすこと」が結びつかないといった不自然な状態になってしまう恐れがあること。


主治医の話しぶりだと、食べられるようになる見通しは2歳か3歳なのか?果てしなく遠い道のりになんだか頭がクラクラしたけれど、まずは1歳になったときの検査。ここでどうにか身体の状態が良くなっていることを願うのみ・・・!



次回、ついに生後10ヶ月にして水を飲む、の巻です。乞うご期待。



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食べられるようになるまでの道-2

コジロウが食べ物を食べられるようになるまでに行った訓練、今日は【第二訓練期】の様子をお届けします。
(長文になりますので興味のある方だけどうぞ。)



【第二訓練期】


生後6ヶ月を迎え、離乳食を開始することにしました。
水ですら1滴も飲まないのに、離乳食ってありえない・・・。でもそれは私が希望し、医師はそれを尊重してくれました。もしも私が希望しなくても、このあたりのタイミングで始めたことと思います。たとえ今現在食べ物が食べられなくても、成長が遅い子だとしても、医師の考えとしては普通の子と同じ自然な経過を取るのが良いと考えていたと思います。



訓練方法(最初の1ヶ月):

まずスプーンを唇につけてみる。可能ならば口の中へ入れてみる(決して無理強いしないこと)。次に第一訓練期と同じ作業を繰り返す。
哺乳瓶を見せながら指でミルクを下唇につける。もしも嫌がらなければ哺乳瓶をくわえさせる。

哺乳瓶にはミルクを少し入れる。たくさん入れてしまうと、コジロウが見た時に「あ、こんなにたくさん飲めない!」と拒否反応を起こしてしまうかもしれないので「これくらいなら可能かも・・・」と思わせる程度に。私は20~30ml程度入れていました。

乳首の穴からミルクが自然に垂れてこないよう、Breiを少量混ぜる。
Breiとは稗や粟、麦などの穀類を粉末状にしたもので、ドイツではお湯に溶かして離乳食に使われています。
Breiを少量混ぜると赤ちゃんが哺乳瓶を吸わないとミルクが出てきません。ミルクを吸って、呼吸して、の作業をコジロウのペースでできるようにするためです。自然に出てくると呼吸と飲み込む作業が上手にできないコジロウがパニックになってしまうからです。

また、哺乳瓶の乳首はおしゃぶりと同じ素材で穴の小さいものを使用するよう指示されました。
この頃のコジロウは寝るときのみおしゃぶりを使っており、どういうわけかおしゃぶりだけはせっせと吸っていました。恐らくおしゃぶりは吸っても空気が流れてこなかったのかもしれません。

それと、できるだけコタロウと一緒の食卓につくこと。コタロウがスプーンで食事しているのを見せ、スプーンを握らせたり、水でもスープでもケチャップでもなんでもいいのでほんの少しだけ口に入れる。通常の赤ちゃんの離乳食の進め方はコジロウには適用しないので、毎ミルクごとに何かしらの食べ物を与えること。食品はとにかく何でもいいので試してみて、本人が興味あるものを探ること。
大切なのは、コジロウが食事に興味を示すこと、ミルクの時間は楽しいものだと思わせること。



コジロウの反応:

スプーンを口に入れても嫌がらずに舌で遊ぶ。ただし飲食物は飲み込まずに全部ヨダレとともに出してしまう。哺乳瓶は時々吸うようになった。

しかし水分ですら決して飲み込むことはしないし、日を追うごとに口に入れたものを「ぶーっ」と出してしまうので訓練が進んでいるように思えませんでした。
しかし医師的には、スプーンも哺乳瓶も指(ママの指)も口に入れてもそんなに嫌がっていないので、このまま訓練を続けていけると考えていました。
私から見ると食事を嫌がっていると思われましたが、医師の見たところではゆっくりではあるが順調に進んでいるとのこと。ぶーっとやっていても唇を突き出しているし顎をひいていないので、遊んでいるだけではないかとのこと。


離乳食を開始してから2週間くらいして、おしゃぶりを嫌がり全く使わなくなりました。

離乳食開始から1ヵ月後。非常にゆっくりではあるけれど順調にすすんでいるので、医師はコジロウはいずれ飲んだり食べたりできるようになると私に言いました。私にはほど遠いように思えましたが、とにかくトレーニングあるのみ!


食べないのにはスプーンの形状、素材も関連しているかと思い、日本からピジョンのスプーンを取り寄せてみました(今は製造終了しているようです)。


口を大きく開かなくてもさっと滑り込ませることができるので、最初のステップとしてはよかったかもしれません。結局これでも食べなかったので、とても効果があったとは言えませんが、言語療法の医師はとてもよいスプーンだと興味深く見ていました。




訓練方法(2ヶ月目):

コップにジュースを入れて飲ませる。姿勢は垂直にたてて座らせて、飲むときもそれをキープ。顔を上に向かせないこと。


コジロウの反応:

哺乳瓶でのトレーニングは順調。口を開いてかんだり舌で遊んだりする。ただし、吸わない。離乳食は調子のいいときはちょっとだけ舌をペロペロしたり本当にわずかだけど飲み込んでいる。しかしほぼ全てブーッと出してしまう。
コップから飲むジュースは嫌がって一切飲まない。


生後7ヶ月半頃に最初の歯が生えてくる。

訓練はうまくいかず。ネットで同じように嚥下障害を起こしている子に、食べる前に口をマッサージしたら効果があったという記事を読んだので試してみたが、一時的なものであまり効果はありませんでした。
哺乳瓶に対しては口をあけてよく動かすが、すぐに飽きる。スプーンも指も近づけただけで口を閉じて、ブーッとされる。唇に置いたものは同じようにブーッ。口の中まで入れたらなんとか出さずに飲み込んでいるようだけど、とにかく本人のやる気がまるで感じられない。
この頃には頑なに口を閉ざして一切飲食物を受け付けてくれなくなっていました。


思えばこの頃が一番辛かったと思います。
医師は数ヵ月後には食べられるようになると言いますが、とても信じがたかったです。私から見ると、少々強引でも口に入れてしまえば飲めるのに、やる気がないだけに思えました。しかしそれは次のような理由があったからだと思われます。

コジロウはまだ食べたり飲んだりすれば空腹が満たされるという図式が出来ていないらしい。だから哺乳瓶はおもちゃと一緒で、最初興味を持って口を開けるが、一度口でかんでわかってしまえばもういらない。なので2回目からは口を閉じてしまう。
スプーンは自分で持たせれば口に入れるが、これもおもちゃと一緒だから。大人がスプーンを近づけても食べなければならないという事がわからない。だからものすごく拒否するわけではないが、何をしていいかわからないので真顔で口を開けない。
それに加え、誤飲をしたりするのがトラウマになっているから、口に物を入れたくなくてブーッとしてしまうのだと思う。

子供によっては何度も繰り返し見て「よし、できる!」と思った時に真似する子もいるので、出来るだけ家族の食事風景を見せること。
味は関係ないと思われるが、いろいろ試して興味があるものを探ること。
自分で握ったものを口に持っていくなら試しにバナナを持たせてみること、などを指導されました。



このままほとんど何も進歩が無いまま3ヶ月目(生後8ヶ月)に突入していきます。



★は~、長かった。すみません。次回はもっと短め記事を書きますね★
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食べられるようになるまでの道-1

書く書くと言ってて、結局年をまたいでしまいました。危うく「書く書く詐欺」になるとこでした。
でもようやく書きましたよ、コジロウの「食べられるようになるまでの道」。

生まれた時から呼吸に少々難のあるコジロウはほとんどミルクを飲むことができず、生後3ヶ月目には1滴すらも飲めなくなってしまいました。
(このあたりの経緯は「ミルクが飲めない赤ちゃん」の記事参照)

なんとかもう一度自力で飲むことができるよう訓練するために、生後4ヶ月で言語療法士のもとへ通い始めました。



以下は現在に至るまでの経緯です。


○生後3ヶ月 ミルクが全く飲めなくなる


○生後4ヶ月 言語療法士のセラピーに通い始める(週に一度のペース)
【第一訓練期】


○生後半年 離乳食開始。記念すべき初食べ物は人参のすりつぶし。全て吐き出す(セラピーへは訓練期前半は毎週、後半は月2回のペースに)。
【第二訓練期】
歯が生え始める


○生後10ヶ月 初めて水を飲む
【第三訓練期】



○1歳 ついに初めて食べ物を食べる!!
【第四訓練期】


○1歳1ヶ月 Magensonde(ミルクを胃に流し込むためのチューブ)が外れる。


○1歳3ヶ月~ 順調に離乳食が進む
【最終調整期】

現在1歳5ヶ月。



簡単に書くとこんな流れで現在は順調に離乳食を食べています。
次はセラピーで具体的にどんな訓練を行ったか、コジロウの反応はどうだったかを書いていきたいと思います。



【第一訓練期】

言語療法士(医師)との初対面ではコジロウの現状を説明し、懸念していることを質問しました。
以前は多少なりとも飲めたのに、なぜ飲めなくなってしまったのか。

まず、食道と気管の位置関係、飲食時の動きなどを説明してくれました。
気管は食道の手前に位置しています。
通常は
鼻から空気が入ると気管を通ります。呼吸を行っているときは食道は閉じています。一方、食べ物が入ると喉頭が上に引き上げられて気管と食道の間が開き、飲食物が食道を通過しやすくなります。飲食物は気管の上を通るわけですが、その際気管は蓋をされて飲食物が気管に入りにくい仕組みになっています。
したがって飲み込みながら呼吸をするという動作は同時にできません。
ところが赤ちゃんは気管と食道が離れており、鼻で息を吸いながらミルクを飲むということが同時にできるのです。

しかしながら、これは生後3ヶ月くらいまで。成長に伴い言葉を発するようになると(最初は笑い声)喉の機能も発達し、だんだん大人と同じような仕組みに近づいていくのだそうです。

(友人に通訳をしてもらいましたが、この訳に医学的な誤りがありましたらご了承ください。)

コジロウが生後3ヶ月で飲めなくなってしまったのは成長による喉の仕組みの変化によるものではないか、とのこと。空気と水分を上手に正しい位置に流せなくなっているのが原因ではないかと。


この説明で今の状況がやっと理解できました。ただでさえ呼吸がし辛いのに、この変化に本人の身体がついていけるわけがありません。

今のコジロウは、「哺乳瓶=息ができなくなるもの」として拒否反応を起こしている。しばらく飲ませるのではなく、下唇にミルクを置くだけにして「ミルク=美味しく、お腹が満たされる楽しいもの」という意識を植え付けることになりました。


それから約1ヵ月半、次のような訓練を行いました。コジロウが起きていれば毎回(1日に3~4回)。
夜の就寝時は注射器でミルクを与えるのみにして無理に起こさない(この頃のコジロウはお腹が空いても泣かなくなってしまったので、夜はほとんど目覚めることなく寝ていました)。



訓練方法:

哺乳瓶を見せながら指でミルクを下唇につけるのみ。その後注射器でミルクを与える。

次のステップで、哺乳瓶の乳首にミルクをつけて下唇に置く。もしも嫌がらなければ哺乳瓶をくわえさせる。その際空気を吸わないように乳首にティッシュを詰める。


コジロウの反応:
唇や舌にミルクを垂らしても嫌がらない。「あーん」と言えば口を開いてくれるときもある。ただし、ミルクを舌でぺろぺろすることはない(味わっていないかんじ)。

訓練がうまくいっているのかいないのかわからず、飲むことを忘れてはいないかと心配しました。



長くなったので続きは次回。



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ついに奇跡が起きた!!

奇跡です。奇跡としか言いようがありません!


コジロウが、

あのコジロウが、


ついに、ついに、




ご飯を食べた~~~~~~~~!!!!!

どんどんぱふぱふ~~~~っ.。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:



なんのこっちゃ、という方のために簡単に説明。

我が家の次男コジロウは先天性の病気のために、ご飯はおろかミルクでさえも自力では一滴も飲むことができない状態でした(詳しくは「ミルクが飲めない赤ちゃん」参照)。

飲めない、食べられないだけではなく、それに対して拒絶反応を起こして泣き叫んだり、どんなに訓練を繰り返しても頑なに口を閉ざしていたコジロウ。

それが、ある日突然水を飲んだではありませんか!

そして生後12ヶ月にして自ら口を開き、初めて食べ物を食べたのです!!

記念すべき最初の食べ物はチョコレートアイスクリーム。
さすが甘党夫婦の息子です。


奇跡なんて大げさでは?と思われるかもしれませんが、コジロウが生まれてからの1年間を思うと、私には1歳を期に、なにかコジロウに素晴らしい魔法でもかかったように思われるのです。1歳の誕生日前後にコジロウは大きく変わった気がするのです。


今は離乳食を始めたばかりの赤ちゃんが食べるような、ドロドロの状態のものを食べています。少しでも固形物が入ると、まだ飲み込むことができません。
そして量も種類も十分ではありません。

しかし、「食べられるのだからMagensonde外しちゃいましょう♪」という医師のOKがでました。
(これまでコジロウの食べ物はMagensondeと呼ばれる、鼻から胃に通したチューブに注射器でミルクを流し込んでいました。)



やった~~~~~~~~~~っっ。ついにこの日が来ました。
ママは泣いたね。


先日はコジロウのMagensondeが外れたお祝いに、日本人が握る本物のお寿司豪華コースディナーを食べに行きましたよ。わっはっは。



Magensondeが外れるまでの経過はまた後日書きたいと思います。




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おめでとう、コジロウ。
顔に余計なものがなくなってすっきりしたね。何度もほっぺたを撫でちゃったよ♪



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哀しき母乳卒業-2

コジロウが私のオッパイから母乳を飲んでくれたことは、これまでにおそらく3回ほど。
生まれた日にカンガルーケアをしながらまだそんなに出なかったであろう母乳を必死に飲もうとしゃぶりついてくれたこと。
その日の夜は飲む気がないというかんじでほとんど飲んでくれなかったが、朝方にはよく飲んで眠りについてくれたこと。
そのまま体調が崩れ集中治療室行きとなり、長い入院生活の中で授乳訓練したときに1回か2回飲んでくれたこと。

それだけ。

病院でも自宅でも何度も試みたけれど、そのたびにコジロウは嫌がってギャーギャー泣き叫んで決して乳首をくわえようとしてくれませんでした。
時には看護婦さんが2人がかりで口をオッパイに持っていくよう導いたり暴れる手足を押さえつけたり、乳首にかぶせるカバーみたいなものを使ったり授乳の体勢を変えたりと試行錯誤の繰り返し。

でも全て効果はありませんでした。それもすべて病気のせいなのです。おそらくミルクを飲むとき口がふさがって呼吸が苦しくなるので飲めないのです。


病気のせい。コジロウが悪いんじゃない。

でも、どうしてももう一度授乳をしたい。
この病気さえよくなればまた飲めるようになるかもしれない。

当初ドクターは「1歳くらいまでにはおそらくよくなるだろう」と言っていました。
それは成長とともに少しは改善されるだろうということを意味していましたが、私は勝手に「1歳くらいに飲めるようになる!」と信じていました。それが日々を支える希望だったのです。

だからそれまで決して母乳を枯らしてはいけない。
コジロウが飲めるようになるまで母乳を出し続けなければならない。
それは一種の強迫観念のようになって私に覆いかぶさってきました。


生後半年をすぎたあたりでドクターに母乳期間の終わりについて話をされたとき、私は悩みました。

栄養学的には母乳は半年で十分と言われ、私が必死に保とうとしている母乳はもうコジロウには必要ないものなのかと哀しくなり。

でももう一度授乳を、という夢を捨てきれず、母乳の出がよくなるというお茶を毎日大量に飲んで搾乳間隔をできるだけ開けないよう努めたり。母親の身体と言うのはよくできていて、母乳が必要ないと感じると量も減ってくるものです。だから搾乳間隔をあけるわけにはいきませんでした。
ちょうどその頃は搾乳だけではやはり無理があり、母乳量がだんだん減ってきた時期でした。搾乳のたびに不安になり、もっと作らねば、という強迫観念に襲われる。

しかし実際は市販ミルクと母乳を1回ずつ交互に与えていたので、コジロウが必要とする量は足りていました。冷凍保存してもまだ余る分は搾乳後にそのまま流しに捨てていたこともありました。
その時は心が病むのです。
「私がこんなに必死に作っている母乳を1滴すらも口から飲んでくれない。もう本当にコジロウに母乳なんか必要ないんだ」と。

飲んでもくれない母乳を寝不足と不自由さを感じながら搾乳する辛さ。それを人肌の温度が残るうちに破棄する哀しさ。
なんのために自分は頑張っているのだろう。
叶うかもわからない望みのため?
現実のコジロウは哺乳瓶ですら拒否して苦しんでいるのに?
結局は、コジロウが必要としていたんじゃない。私がコジロウを必要としていただけだ。
普通の赤ちゃんのように腕に抱いてオッパイをあげて、母性あふれるその瞬間を味わいたかっただけなんだ。


さんざん悩んで、ある日、考え方を変えることにしました。
いつまで、と期間を決めるのではなく自分の気のすむまで母乳をあげよう。
授乳すること以外にも愛情を注ぐ術はたくさんある。
それよりも搾乳をやめることでこれまで家や時間に縛られていた分の自由を得よう。
一度もできていなかった長時間外出や、もしかしたら旅行だって行けるようになるかもしれない。
あいた時間はコジロウと家族がもっと楽しく過ごせる時間に費やすのだ。


ようやくそう思えるようになった2、3日後、急激に母乳が出なくなってきました。
本当に不思議なものです。
搾乳間隔を広げながらそれでも自然に、もう限界!というところまで続けました。

注射器で直接胃に流し込むのでコジロウにとっては母乳だろうがミルクだろうが味にも何も関係ないのだけれど、それでも一応、最後のときは一声かけました。

「コジロウ、今までありがとう。これが最後の母乳だよ。」

もうすぐ春。何をしようか、どこに行こうか。これからもっと楽しい事が待っているからね。


そうして生後8ヶ月目をもって私とコジロウの母乳生活は終わりました。

やりきった感満載!長期レンタルしていた搾乳機は、熨斗つけて薬局に返却してきましたよー。



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哀しき母乳卒業-1

コジロウは生後8ヶ月を迎えたところで母乳を卒業しました。それまで市販のミルクと母乳の混合でやっていましたが、今は完全にミルクのみです。

このように書くと、「あ、そう。粉ミルクだけで育てている人もたくさんいるものね。一般的にあることよ。」と思われるかもしれません。が、これは私には哀しい切り替えとなりました。



本当はもっともっと母乳をあげたかった。
もしもコジロウが望むのならば、欲しがる限り、私から母乳が出続ける限りあげたかった。



生後6ヶ月を迎えた頃、何人かのドクターや普段コジロウをお世話してくれているヘルパーさんに「いつまで母乳を続けるのか?」と質問されました。

それは単なる問いかけであって、決して私に卒乳を促すものではなかったと思う。
けれど、私には辛い言葉でした。


母乳で育てるにはメリット・デメリットがあり、その推奨期間にもさまざまな考え方がありますが、栄養学的には半年も与えれば十分であるというのがドイツでは一般的なようです。半年過ぎたら粉ミルクに切り替えていく母親も多いとのこと。
こうすることで母親は赤ちゃんに拘束されることが減り、自分の時間を持てるようになります。ベビーシッターの体制が日本よりも充実している社会性も関係しているかと思います。

こうした背景もあってか、コジロウが通っている言語療法士の先生も卒乳について触れたことがありました。

「あなたは今までよくやってきた。母乳の代わりになるものは他にもあるし、止めることでストレスや負担を減らすことができる」と。



実際、ミルクを用意する作業はとても大変でした。
私は昼間も深夜も時間に関係なく4時間おきに搾乳機で母乳を取ります。終わったらポンプやチューブの洗浄。これで20~30分かかります。
コジロウのミルクの時間がこれも4時間おき。ゆっくりと時間をかけて与えなければ腹痛を引き起こしたり嘔吐を繰り返すのでミルクを与えている時間だけで1時間。
終われば哺乳瓶の煮沸消毒。
ミルクをあげる、というだけで2時間近くかかってしまうのです。

そしてコジロウは通常の赤ちゃんより多くのカロリーを必要としていたため、母乳だけでは足りませんでした。そこで市販のミルク(購入には小児科医の処方箋が必要)と母乳を1回ずつ交互に与えることになりました。さらに母乳にはよりカロリーを高めるための粉(詳細は省きます)を2種類とオイルを混ぜます。ミルクのたびに軽量スプーンでそれらを配合。


ミルクの時間を授乳だけで終わらせることができたら、どれほど楽なことか。自分さえいればいつでも、どこでも、何の準備も後片付けも必要ない。
長男のコタロウを卒乳まで完全母乳(授乳のみ)で育てたので、授乳できないことの大変さをより痛感しました。

搾乳してミルクをあげて、オムツを替えて、ちょっと家事をしたらまたすぐに搾乳の時間がやってくる。夫に手伝ってもらったとしても私の睡眠時間は平均4時間だったし、当然長時間の外出なんてあり得ない、私の全ての時間は搾乳とミルクの時間で支配されていました。

だから、その母乳をやめてしまえば「搾乳」という作業がなくなる。このことは私に多大なる自由を与えてくれる。



でも、でもね、それでも私は母乳を続けたかった。

だって、もしも一度やめてしまったら、もう母乳は出なくなってしまう。
それはもう二度とコジロウに直接オッパイから母乳を飲ませることができないことを意味していたから。

もう一度、コジロウをこの腕に抱いてオッパイを飲ませたい。
そしてこの腕の中で安らかに眠りについてほしい。


その想いだけでこれまで頑張ってきたのに。
それはきっと母にしか理解し得ない想いで、私の夢でもあり、それが実現するということはコジロウの病気が良くなるという希望でもあった。

それが潰えてしまうのだろうか。
そう思うと哀しくて、せつなくて、この頃の私はどうにもならない思いを抱え込んでいました。



長くなったので続きは次回に。



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ミルクが飲めない赤ちゃん

サッカーワールドカップで盛り上がっている最中ですが、ちょっと暗い話をお届けします。
前回の記事「コジロウの病気」の続きです。一気に書くのは大変なので、日常の記事の合間に少しずつ書きためたものを掲載していきたいと思います。



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コジロウはミルクを自力で飲むことができません。オッパイからも、哺乳瓶からも。

誕生してから7週間病院で暮らし、その間ミルクを飲む訓練を続けていました。
初めは10mlだったものが30、50と量を増やし、退院時にはなんとか毎回90mlまで飲むことができるようになりました。目標は毎回110mlを日に6回。それには及びませんでしたが、飲むことが決して容易ではないコジロウにとって、90mlもとても喜ばしい結果でした。
2度だけ100ml飲んだこともあり、私たちは希望に満ちていました。これからどんどん飲めるようになり、健康な赤ちゃんに近づいていくのだ、と。


ところが生後2ヶ月半をすぎた頃からまた量が落ちていきました。

1回に50mlしか飲めなかった。30、20、今日は1日で30mlだけ・・・。
ミルクを飲むのが辛いのです。
飲みたいのに、飲めない。

苦しいよ、辛いよ。
毎回涙を流しながらギャーギャー泣いて苦しんだコジロウは、やがて飲むこと自体が嫌になり、哺乳瓶を見ただけで拒否反応をおこすようになりました。

それは花びらが散るように脆く、哀しく。
必死に守ろうとする私のこの両手から、はらはらと零れ落ちていきました。
もう無理強いすることは私にはできず、コジロウはついに1滴も飲まなくなってしまったのです。


その時の気持ちを何と表現してよいか、未だにわからない。


このあと私も夫も、ただひたすら機械的に同じ作業を繰り返していくことになりました。
それは、注射器でミルクをコジロウに与えること。

口から十分にミルクを摂取することができないコジロウは、生まれた翌日からこの方法に頼ってきました。
鼻から胃まで細いチューブを通し、ミルクを注射器で直接胃に流し込むのです。このチューブをドイツ語ではMagensonde(マーゲンゾンデ)と呼んでいます。
私は3時間~4時間おきに搾乳を繰り返し、哺乳瓶に入れて冷蔵庫に保管。最初に口から飲めていたうちは哺乳瓶から与え、1回の目標摂取量に満たない分は注射器で与えていました。

そのためMagensondeは24時間常に装着状態。顔にはいつも余計な緑色のチューブがぶら下がっている。チューブを固定するためのテープもコジロウの小さな顔を味気無さで覆う。
1週間ごとの交換時には、何枚も写真を撮ったよ。これが本当の顔だもの。

でも、これが命綱。
これがないとコジロウは生きていけない。


ミルクの時間はきっちり4時間おき。入院していた病院で決められた時間です。それが深夜だろうがコジロウが寝ていようが関係なく、時間が来ればミルクを温めて与える。
深夜に時間通りに起きる自信が無いときは目覚まし時計をかける。


哺乳瓶から飲ませないと赤ちゃんが飲むこと自体を忘れてしまうから、必ず毎回与えなさい、と、あるドクターは私に言いました。
それは正しいように思えましたが、迷いもありました。飲むという赤ちゃんに初めから備わっている本来の能力を忘れることがあるだろうか。こんなにも毎回嫌がっているのを無理に飲ませようとしたら、それこそ拒否反応が強くなってもっと飲まなくなってしまうのではないか。


そうこうしているうちに、コジロウはお腹が空いても泣かない子になってしまいました。

泣かないのです。
お腹が空いたよ、眠いよ、何か居心地が悪いよ。
たいていの赤ちゃんはこのどれかを泣いて周囲に知らせるというのに、コジロウはそのうちのひとつが欠けてしまいました。
それでも最初は約4時間おきに泣いて目覚めたりしていたのです。なのに、やがてそれもなくなり。
先生が言うには、生まれてからずーーーーっと決められた時間にミルクを与えられてきた。それも本人がお腹が空いていようがいまいが関係なく、一定量を入れられる。
もしかしたら胃は常に満腹状態なのかもしれない。仮にお腹が空いたとしても、泣かなくても時間がくれば勝手に空腹は満たされる。泣く必要がない。


そして、泣くことを、忘れた。


私たちは親でありながら、自分の子のことがわからなくなってしまいました。
今泣いているのは、なぜ?
今お腹が空いているの?
それすらも、わからず。



生後4ヶ月からは言語療法士のもとに通い、口や舌の動きを見ながらミルクを飲めるようになるようアドバイスを受けています。しかし10ヶ月の現在も、飲むことができません。厳しい現実をつきつけられています。



私は今日も、明日も、これからもずっと、注射器にミルクを入れて与える作業を繰り返す。
いつの日かコジロウが自分で飲んだり食べたりできることを願って。その日が来ることを信じて。




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